20.大挽(おおび)きの 善六(ぜんろく)

               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  松崎町(まつざきちょう)


















 むかし、岩科(いわしな)に、

善六(ぜんろく)という

(こびき)びきがいました。
  ()びきは、(はば)(ひろ)(おお)きなのこぎりで、

 巨木(きょぼく)()りたおしたり、丸太(まるた)をひき()って(はしら)(いた)(つく)るのです。
  善六(ぜんろく)は、(からだ)だけは(おお)きかったが、  不器用(ぶきよう)(うえ)に ずつなし (なまけもの) だったので、


え 高寺 彰彦
 仕事(しごと)半人前(はんにんまえ)でした。 だからなかまからばかにされていました。

 「善六(ぜんろく)かよ、あれは()びきじゃあない。 ()びきだ。 アハハハ。」

 こんなうわさは善六(ぜんろく)(みみ)にも入り、

 くやしく(おも)いましたが、しかし仕事(しごと)にはげむわけでもありません。
  「()びきじゃあない。 ()びきだと。 からばか (おおばか)!

 ウーン、()びきじゃあなく、(おお)びきになりたいなあ。」

 善六(ぜんろく)のなげきを()いて、親方(おやかた)()いました。

 「善六(ぜんろく)よ、われの ずつなし は(こま)ったものだ。

 ほんきになって、仕事(しごと)(せい)()すこんだ。」
   やがて善六(ぜんろく)(かんが)えついたのは、よく(ねが)いをかなえてくださるという、

 雲見(くもみ)浅間様(せんげんさま)三十七 日(さんじゅうしち にち)(がん)をかけてみようということでした。

 雲見 浅間神社(くもみ せんげんじんじゃ)社前(しゃぜん)には、()そべり(うし)のような大石(おおいし)

 (よこ)たわっています。


え 高寺 彰彦
 「南無(なむ)雲見(くもみ)浅間(せんげん)さま、どうか、この()そべり(うし)のような大石(おおいし)が、

 らくらくとひける(ちから)をおあたえくださいまし。」
   三十七 日(さんじゅうしち にち)()がやっと()ぎて満願(まんがん)(あさ)善六(ぜんろく)(こころ)はおどっていました。

 おこもり(どう)(そと)()てながめる、(やま)(みどり)(うみ)(あお)さも、()()きと すばらしく()えました。

 お(やしろ)(まえ)まで(のぼ)ると、()そべり(うし)のような大石(おおいし)も、(あさ)(ひかり)()びていました。

 善六(ぜんろく)自分(じぶん)(ちから)をためしてみたくなりました。
   がっちりとのこぎりを、(うし)(いし)のまん(なか)(あて)てました。

 ずいこ ずいこ ずいこ

 とうとう、まっぷたつに()ってしまいました。
 
 「おう、おう、でかした。 おれは、大挽(おおびき)きの善六(ぜんろく)だあ!

  もう今日(きょう)から()びきではないぞ。」
   善六(ぜんろく)は、(やま)(はたら)いているなかまや親方(おやかた)(ところ)()きました。 

 「善六(ぜんろく)、しばらくぶりだな。」 

 「どうしただ。」

 というなかまの(こえ)()こえぬように、

 善六(ぜんろく)親方(おやかた)の前へ行きました。
  「親方(おやかた)、わしゃ今日(きょう)からは、どんな()でもひけるよ。」

え 高寺 彰彦

 「善六(ぜんろく)、わりゃあ病気(びょうき)でもしてえたか。 

 無理(むり)をしなさんなよ。」

 親方(おやかた)はそう()って、一本(いっぽん)立木(たちき)をあごでさしました。

 善六(ぜんろく)は、こんなものはすぐだとばかりのこぎりを()てました。

  しかし、のこぎりは、 かりかりかりかり、 かりかりかりかり、とすべるばかりです。
  ようすがおかしいので、親方(おやかた)がききました。 

 「どうした、善六(ぜんろく)!」 

 「おっ親方(おやかた)、わしゃあ さっき、雲見(くもみ)浅間(せんげん)さまのお(やしろ)で、

 たしかに大石(おおいし)をまっ(ぷた)つに ひいた。

 だが、この()どうしてもひけぬ・・・・・・・ひけぬ・・・・・・・。」

 善六(ぜんろく)は、つと、かたわらの(いし)にのこぎりを()てました。

 すると、ひけるわ、ひけるわ・・・・・・またたくまです。
   親方(おやかた)は、(しず)かに()いました。

 「善六(ぜんろく)よ、お(まえ)(がん)かけは まちがっていたなあ、

 ()びきは、(いし)がひけてもしょうがない。

 ()がひけなくちゃあなあ。」

 善六(ぜんろく)は、へたへたと地面(じめん)にすわりこんでしまいました。
   この(はなし)人々(ひとびと)(つた)わり、

 善六(ぜんろく)は、()どもたちまではやしたてられました。

 天城(あまぎ)善六(ぜんろく)、 よほほい、 ほい、

 (こびき)びきも()びきも、 よたこびき、

 (いし)はひけても、 ()はひけぬ・・・
   善六(ぜんろく)はとほうにくれ、どうしたらよいか(かんが)えました。

 「おれが、まちがっていた・・・・・おれがまちがっていた。

 南無(なむ)雲見(くもみ)浅間(せんげん)さま、お(ゆる)(くだ)さいまし。

 わしゃ(はじ)めっから・・・・・

 ちっこい丸太(まるた)をひくことから やりなおしてみますべえよ。

 どうか まっとうな()びきになれますよう、おまもりくださいまし。」
   さとるところがあった善六(ぜんろく)は、

 ちいさな丸太(まるた)()かって、一心(いっしん)にのこぎりを()(つづ)けました。

 全身(ぜんしん)ぐっしょりと(あせ)にぬれながら・・・・・。

 善六(ぜんろく)は、自分(じぶん)仕事(しごと)(はじ)めてしんけんになりました。

 (かんが)えることは、どうしたらのこぎりを()にかませることができるか、

 ということだけでした。
  やがて(あせ)のしたたり()ちたところから のこぎりの()()(はじ)め、

 一晩中(ひとばんじゅう)かかって丸太(まるた)をひきおえました。

 善六(ぜんろく)は、(ひと)()わったように仕事(しごと)にはげみました。

 そして、一人前(いちにんまえ)仕事(しごと)がでえきるようになり、なおはげむにつれて、

 そのうでのたしかさは、天城(あまぎ)善六(ぜんろく)()(ひろ)めました。
   あるとき、江戸(えど) 深川(ふかがわ)木場(きば)へたすけに()ったところ、

 (おお)のこぎりをしょってのっそりあらわれた善六(ぜんろく)()ていなか(もの)のことだ

 たいしたことはあるまいと()くびり、
  
 「おい(わか)(しゅう)、ためしにすみをひいてやるからな。

 すみの(とお)りにひくんだぜ。」と ()って材木(ざいもく)(わた)しました。
  善六(ぜんろく)は、

 やおら片足(かたあし)材木(ざいもく)にかけて ひき始めました。

 しばらくすると、

 (なみ)のような(うつく)しい曲線模様(きょくせんもよう)をえがいて、

 みごとにひきおえました。

 善六(ぜんろく)は、にっこりして()いました。 

 「旦那(だんな)、できましたよ。」

え 高寺 彰彦


え 高寺 彰彦
   主人(しゅじん)は、()てびっくりしました。

 尺余(しゃくよ)(おお)のこぎりで、

 どうして こんなに ひいたものだろうか・・・・・

 名人(めいじん)だ ということがわかった主人(しゅじん)は、

 (あたま)をかきながら()いました。
   「りっぱなうでまえを()せていただきました。

 見損(みそこ)なって失礼(しつれい)したが、どうか()()いて(はたら)いてください。」

  こうして、江戸(えど)でも天城(あまぎ)善六(ぜんろく)()()られていきました。
  「天城(あまぎ)善六(ぜんろく)かよ。  ありゃ()びきじゃあない。

 (おお)びきだ。 あんなひき手は江戸(えど)にはいない。」と。

 (いま)雲見浅間(くもみせんげん)、の境内(けいだい)に、

 のこぎりでひいたような、二つの(おお)きな大石(おおいし)が、善六(ぜんろく)のひきわり(いし)として(のこ)っております。

大鳥居(おおとりい) 参道(さんどう)
参道(さんどう) 雲見浅間神社(くもみせんげんじんじゃ)

 
 
え  土屋 さゆり

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