18.天人 女房(てんにん にょうぼう)

               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  南伊豆町石(みなみいずちょう)


















  (iいま)から千二百年(せんにひゃくねん)ほど

(まえ)のお(はなし)です。

蛇石 火山(じゃいし かざん)から伊浜(いはま)にかけての、

広々(ひろびろ)とした、野原(のはら)(りょう) として、

何代(なんだい) かにわたって(さか) えている

長者(ちょうじゃ)() んでおりました。
  その(ころ)長者(ちょうじゃ)(やまい)(つま)(うしな) って、(さび) しい毎日(まいにち) をおくっていました。

 おぼろ(つき) の、ある(はる)() のことです。

 一人(ひとり)(うつく) しい(むすめ)が、長者(ちょうじゃ)(いえ)(おとず)れました。
  「(みち)(まよ)って(こま)っております。  どうぞ一晩(ひとばん) (とめ)めてくださいませ。」

 (きょう)(そだち)ちかと(おも)われる、色白(いろじろ)(むすめ)に、

 長者(ちょうじゃ)(こころ)はすっかり()かれてしまい、

 (なん)とかひき()めて、もてなすうちに、やがて(むすめ)は、長者(ちょうじゃ)女房(にょうぼう)になりました。
  (くら)くしめりがちだった長者(ちょうじゃ)(いえ)は、(あか)るさを(とり)りもどし、

 以前(いぜん)にもまして、(さか)えて()きました。

 そのうち、七年(ななねん)歳月(さいげつ)(ゆめ)のように(すぎ)ぎて、

 (むすめ)三人(さんにん)()(はは)になっていました。
   ある(とし)(なつ)

 長者(ちょうじゃ)は、もう幾年(いくねん)にも(くら)虫干(むしぼし)しを、していないことに()がついて、

 「いい日和(ひより)じゃ。さ、(くら)(ひら)け。」

 長者(ちょうじゃ)大勢(おおぜい)召使(めしつかい)いに、こう()って、

 宝物(たからもの)大広間(おおひろま)(はこ)ばせました。
  女房(にょうぼう)も、下男下女(げなんげじょ)をさしずして、 かいがいしく(はたら)いておりました。

 長者(ちょうじゃ)は、宝物(たからもの)の一つ一つに()をやって、

 満足(まんぞく)そうに、()(ほそ)めるのでした。

 「これは、(なん)でございましょうか。」 

 女房(にょうぼう)は、しっかりと、ひもで(むす)ばれた、(きり)(はこ)()()めて、たずねました。
   「それはな、この(いえ)一番大切(いちばんたいせつ)宝物(たからもの)じゃ。 ()けてはならぬぞ。」

 「どうしてでございますか。」

 「ご先祖(せんぞ)からの()(つた)えじゃ。 (ひら)けば(おそ)ろしい(わざわい)いがふりかかるといってな。」

 「(なに)(はい)っているのでしょう。」 
  羽衣(はごろも)という(もの)じゃそうな。 このわしも、まだ一度(いちど)()ておらぬ。」

 「まあ、すばらしい。ぜひ羽衣(はごろも)というものを()とうございます。」

 「いや、ならぬ。 ならぬ。 たとえ、お(まえ)(たの)みでも、

 こればかりは聞く()かぬぞ。」
   女房(にょうぼう)は、それでも、 しきりに長者(ちょうじゃ)(そで)に、すがって(たの)むものですから、

 さすがの長者(ちょうじゃ)(こころ)もゆるぎ、ついに、

 「ほんの一目(ひとめ)()るだけじゃぞ。 (けっ)して、()()れてはならぬ。よいな。」
   長者(ちょうじゃ)は、おそるおそる(むらさき)のひもを()き、(はこ)のふたをそっと()けました。

 (こう)のかおりが、あたりに(なが)れて、あや(ぎぬ)薄物(うすもの)が、ちらっとのぞくと、

 女房(にょうぼう)は、()びつくように羽衣(はごろも)()()して

 す(ばや)()にまとい、(しず)かに()()がりました。
   ()もくらむような、あでやかさに、長者(ちょうじゃ)(こえ)をのみこみました。

 「長者(ちょうじゃ)どの、ぜひこの姿(すがた)で、一さし()わせてくださいませ。

 こどもたちにも、()せてやりとうございます。」
   長者(ちょうじゃ)は、(なん)とかして()めようとしましたが、

 あまりの(おどろ)きに、(こえ)()ません。

 その(とき)、どこからともなく、(きよ)らかな(かぜ)とともに、

 (うつく)しい雅楽(ががく)音色(ねいろ)()こえてきました。
  女房(にょうぼう)は、やがて(しず)かに()(はじ)めると、

 ふわりふわりと(そら)()き、その姿(すがた)は、まことの天女(てんにょ)かと(おも)われました。

 女房(にょうぼう)は、一さし()うと、(まい)()()めて、
 「長者(ちょうじゃ)どの。(じつ)(わたし)は、天人(てんにん)でございます。

 この羽衣(はごろも)をもとめて、そなたに(ちか)づき、(つま)となりました。

 (iいま)は天に(かえ)らなければなりません。

 どうか、()どもたちを、りっぱに(そだ)ててくださいませ。」
  と、()うなり、(ほし)のように、

 きらきらと(じか)羽衣(はごろも)をひるがえすと、

 (そら)のかなたへ()えて()きました。

 あとには、(なん)とも()えない

 よい(かお)りが(ただよ)っておりました。
  長者(ちょうじゃ)は、(のこ)された()どもたちを()いて、 毎日(まいにち) (なげ)(かな)しみました。

  それから、長者(ちょうじゃ)(いえ)には、(わら)(ごえ)一つ聞く()かれなくなり、

 大勢(おおぜい)召使(めしつかい)(たち)も、一人去(ひとりさ)り、二人去(ふたりさ)りして、

 長年(ながねん) (さか)えた長者(ちょうじゃ)(いえ)も、あとかたもなく(くす)()ちて、

 (iいま)はただ、、長者(ちょうじゃ)(はら)という名前(なまえ)(のこ)るだけの、 すすきの野原(のはら)に、なってしまったということです。

南伊豆(みなみいず)長者(ちょうじゃ)(はら)
長者(ちょうじゃ)(はら)から富士山(ふじさん)遠望(えんぼう)

 
 
え  平井  秀栄

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