30. 狸 和尚(たぬき おしょう)
               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  賀茂村(かもむら)







 むかし、宇久須(うぐす)にあったお(はなし)です。

ある夕暮(ゆうぐれ)れ、大勢(おおぜい)(とも)(もの)(したが)えて、

一つの(うつく)しいかごが(むら)(なか)(はい)ってきました。
  その行列(ぎょうれつ)は、

 名主(なぬし)屋敷(やしき)(まえ)までくるとぴたりと()まったのです。

 びっくりして、とび()した名主(なぬし)に、(とも)をしてきたお(ぼう)さんが、

 「ここにおられるのは、おそれおおくも、

 鎌倉(かまくら)建長寺(けんちょうじ)貫主(かんぬし)さまであられるぞ。
   その行列(ぎょうれつ)は、

 名主(なぬし)屋敷(やしき)(まえ)までくるとぴたりと()まったのです。

 びっくりして、とび()した名主(なぬし)に、(とも)をしてきたお(ぼう)さんが、

 「ここにおられるのは、おそれおおくも、

 鎌倉(かまくら)建長寺(けんちょうじ)貫主(かんじゅ)さまであられるぞ。

 お(まえ)(むら)がたいそうお()()されて、

 (きゅう)一晩(ひとばん)()まりなることになった。

 そそうのないよう、つとめてくれ。」 と、()いました。
  名主(なぬし)(いま)まで、そんな身分(みぶん)(たか)(ひと)()めたことはないので、

 このことばに二度(にど)びっくりし、

 一家(いっか)は、(うえ)(した)への(おお)さわぎとなりました。

 かごから()てきた高僧(こうそう)は、

 ()もさめるばかりの(うつく)しい(ころも)()(つつ)み、

 (なみ)()人々(ひとびと)をしりめに、座敷(さしき)へずんずん()がって()きました。
  (うつく)しい衣のわりには、

 (なん)となく気品(きひん)のない動作(どうさ)(かお)だちだと(おも)ったのは、

 名主(なぬし)だけだったでしょうか。

 ()()いた貫主(かんじゅ)は、名主(なぬし)()いました。
   「これ、名主(なぬし)よ、このあたりに(いぬ)はおるか。」

 「はいはい、(いぬ)はたくさんおります。 

 なにしろ、(かり)りをする(もの)数多(かずおお)くおりますので。」

 「(なに)、たくさんいる。 

 それは(こま)る、わしは(なに)がきらいといって、(いぬ)ほどきらいなものはない。

 わしがここにいる(あいだ)は、けっして(いぬ)をちかずけるな。 

 いいな、きっとだぞ。」
   貫主(かんじゅ)は、よほど(いぬ)がきらいとみえて、

 (つよ)(ねん)()すのでした。

 「さて、もう一つ。 

 わしは、食事(しょくじ)(かなら)一人(ひとり)でする。 

 給仕(きゅうじ)(もの)もよこすでない。」
   名主(なぬし)(いえ)は、ふだんは質素(しっそ)食事(しょくじ)でしたが、

 今夜(こんや)ばかりは、海山(うみやま)のあらゆるごちそうをいっぱい用意(ようい)し、

 貫主(かんじゅ)さまにさしあげました。
  別室(べっしつ)食事(しょくじ)を済ませた貫主(かんじゅ)さまは、

 やがて満足(まんぞく)げに おなかを さすりながら()てきました。

  そして名主(なぬし)()いました。

 「今夜(こんや)はたいそうなごちそうにあずかり、ありがたかった、

 そのお(れい)一筆残(いっぴつのこ)しておこうと(おも)う、すずりの用意(ようい)をしてくれ。」
  名主(なぬし)はその言葉(ことば)(よろこ)び、

 さっそくすずりと(おお)きな(かみ)()ってこさせ、

 うやうやしく貫主(かんじゅ)(まえ)()いて、(すみ)をすって用意(ようい)しました。

 貫主(かんじゅ)(ふで)をとると、いともあざやかに、

 (おお)きな鹿(しか)()()ねている()()いたのです。
  名主(なぬし)(はじ)め、そこに居並(いなら)(ひと)たちは、

 そのみごとさに()をうばわれました。

 翌朝(とくあさ)一行(いっこう)名主(なぬし)(いえ)()り、

 どこともなくこの(むら)から、()えました。

 「ごりっぱなおさ(ぼう)んと()きましたが、

 食事(しょくじ)仕方(しかた)はずいぶんきたなかったです。
  まるで、(ねこ)()べたあとのようでした。」 と、

 名主(なぬし)(おく)さんと下女(げじょ)()いました。

 名主(なぬし)は、動作(どうさ)(かお)(ひん)がないな、

 と、ちらっと(かん)じたことと一致(いっち)するなとは(おも)ったが、

 だれにも、(なに)()わずにいました。
  そして、(のこ)された鹿(しか)()だけを(とおと)記念(きねん)と、

 家宝(かほう)のごとくたいせつにしまっておきました。

 さて一行(いっこう)は、その() 伊豆(いず)のあちらこちらを(めぐ)り、

 宿(やど)をとり、さかんなもてなしを()けました。

 貫主(かんじゅ)は、鹿(しか)()(のこ)してはお(れい)としていました。
  そんなある()

 (かわ)(わた)()にさしかかったときのことです。

 (とも)(もの)がずいぶん()をつていたのにもかかわらず、

 一匹(いっぴき)(しろ)(いぬ)が、かごのそばへ(ちか)づいてきました。

 はっと(おも)ったが、もうおそかったのです。

 (いぬ)は、かごにとびかかりました。
    おおぜいの(とも)(ぼう)きれや(いし)()(はら)っても、

 いっこうに()げる気配(けはい)はありません。

 それどころか、なおいっそう大声(おおごえ)でかごに()かってほえたて、

 とびかかり、とうとう(なか)まで()っていきました。

 (なか)で「ギャッ」と、(おそ)ろしい(こえ)()こえたと 同時(どうじ)に、

 (いぬ)一匹(いっぴき)大狸(おおだぬき)死体(したい)()きずり()ろして()てきたのです。
  お(とも)(もの)は、(なに)(なに)やらわかりません。

 貫主(かんじゅ)姿(すがた)()えず、大狸(おおだぬき)一匹(いっぴき)・・・・・・・・いったい、貫主(かんじゅ)はいつ(たぬき)になったのでしょう。

 だれにもわかりませんでした。

 みごとな鹿(しか)()()(のこ)したあの貫主(かんぬし)が、(じつ)(たぬき)であったと()られ、

 その()は「(たぬき)()いた大鹿(おおしか)」として、いよいよ(めずら)しがられたということです。

 

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