11.伊豆(いず)島焼(しまや)
               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  下田市(しもだし)


















  (とお)(むかし)のある()富士(ふじ)

大神(おおがみ) さまは、ひさしぶりに下界(げかい)

ながめ眼下(がんか)(ひろ) がる大海原(おおうなばら) に、

(くに)(やき) きだしたなら、

すばらしい(くに)

できるだろうなと(おも) い、

(うみ)(そこ)片腕(かたうで) をつっこみました。

  すると、(うみ)(なか)から()()()がり、(ひる)(よる)()はあかあかともえ(つづ)け、

 (うみ)(なか)()()(くに) 、「() ずの(くに)」(伊豆(いず)(くに))を、(やき)() げました。
   けさも、いつものようにながめていますと、(した)(ほう) から一人(ひとり) のみな れない(おとこ) が、

 富士(ふじ)(のぼ) ってくるのが、() にとまりました。

 その(おとこ)大神様(おおがみさま)(まえ) まで() ると、

 「(わたし) は、天竺(てんじく) (インド)から(わた) ってきた王子(おうじ) です。

 継母(ままはは) とのいさかいがもとで、父王(ちちおう) のいかりにふれ、

 (わたし)のすむところをもとめて、はるばる日本(にほん)(くに)まで、やってまいりました。」 と、

 いいました。
  富士(ふじ)大神様(おおがみさま)は、

 その(おとこ)(はなし) を、じっとおききになられていましたが、

 (はなし)(かた) といい、態度(たいど) といい、じつにりっぱな(おとこ)だとおもわれました。

 「して、(なに) しにきたのじゃ。」 

 「はい、(わたし)のすむ土地(とち) を、(あた) えてほしいのでまいりました。

  一目(ひとめ) みたときから、

 正直(しょうじき) そうな、この(おとこ)()() りましたので、

 「そうか、それなら(みなみ)(ほう)() るがよい。

 (わたし)() きだした伊豆(いず)(くに)だ、そなたに伊豆(いず)(くに)(あた)えよう。」 と、

 おっしゃいました。
  王子(おうじ)は、お(tり) をいうと、すぐに伊豆(いず)(くに)() きました。

 さっそく王子(おうじ)は、伊豆(いず)(くに)をくまなく(ある) きました。

 (ある)いてみればみるほど、伊豆(いず)(くに)景色(けしき)(うつく) しく、

 (うみ)(さち)(やま)(さち)にもめぐまれているところでした。

 王子(おうじ)はすっかり() に入り、

 (くに)づくりにはげめばはげむほど、伊豆(いず)(くに)はせまい。

 もう(すこ)土地(とち) がほしいと(おも) うようになりました。
   そこで、王子(おうじ)大神(おおがみ)さまのところに行きました。

 「大神(おおがみ)さま、もう(すこ)土地(とち) がほしいのです。」  と、いうと

 王子(おうじ)(くに)づくりをみておられた、大神(おおがみ)さまは、 

 「よしよし、それでは、(ひろ)(うみ)をあげるから、

 そこに(しま)()()すがよい。

 しかし、その(まえ)一度(いど)天竺(てんじく)(かえ) り、

 父王(ちちおう) に、(いま) までのことを(はなし)してくるがよい。」 と、おっしゃいました。
  王子(おうじ)白浜(しらはま)(はま) から、船出(ふなで) して、

 父王(ちちおう) のところに(かえ)り、日本(にっぽん)(くに)のことを(はなし)しますと、

 父王(ちちおう)もお(およろこ)びになり、いかりもといてくださいました。

 王子(おうじ)は、いかりもとけたので(よろこ)びいさんで、

 すぐに日本(にっぽん)(くに)()かって、天竺(てんじく)船出(ふなで)しました。
  ところが、途中(とちゅう)であらしにあい、

(ふね)丹後(たんご)京都(きょうと))の(くに)(なが)()きました。

(なが)航海(こうかい)と、あらしですっかりつかれきった王子(おうじ)は、

海辺(うみべ)一軒(いっけん)(いえ)に、食事(しょくじ)宿(やど)をおねがいに、いきました。
  そこには、百済(くだら)(くに)朝鮮(ちょうせん))から(わた)ってきたという、

 三百(さんびゃく)二十才(にじゅっさい)にもなる老夫婦(とうふうふ)と、

 見目(みめ )若宮(わかみや)剣宮(つるぎのみや)()どもたちがすんでおりました。

 王子(おうじ)が、伊豆(いず)(くに)(はなし)をしますと、

 (おきな)は、「三人(さんにん)(みや)をつれていくがよい。

 そしてあなたは、三島明神(みしまみょうじん)()のりなさい。」 と、

 いわれました。
  明神(みょうじん)はすっかり元気(げんき)をとりもどすと、三宮(さんみや)をつれ船旅(ふなたび)(つづ)け、

 やっと白浜(しらはま)美帆ヶ崎(みほがさき)につきました。

 明神(みょうじん)は、すぐに富士(ふじ)大神(おおがみ)さまのところに、

 (かえ)ってきたこと、父王(ちちおう)(はなし)をすませ、

 伊豆(いず)海中(かいちゅう)島焼(しまやき)きにとりかかりました。
  かしこい見目(みめ)は、

 海竜王(かいりゅうおう)白竜王(はくりゅうおう)青竜王(せいりゅうおう)をはじめ、(おお) くの竜王(りゅうおう)をつれてきました。

 若宮(わかみや)()(かみなり)()び、

 剣宮(つるぎのみや)(みず)(かみなり)()んで、島焼(しまや)きをはじめました。
  富士(ふじ)大神様(おおがみさま)さまからもらってきた、三つの(おお) きな(いし)竜王(りゅうおう)が、

  (うみ) にうかべると、それを()(かみなり)()き、

  (みず)(かみなり)がこれに(みず) をそそいで(ひや)やしました。

  すると、たちまち(ほのお)(てん) までとどき、

  海中(かいちゅう) はにえたぎり、

  一日一晩(いちにちひとばん) で、一つの(しま) ができました。

  神々(かみがみ)(はじ) めての(しま) なので、「初島(はつしま) 」と() づけました。

 二番目(にばんめ)には、島焼(しまや)きをする神々(かみがみ)(あつ)まる(しま)神集島(かみつしま)神津島(こうずしま))、

 三番目(さんばんめ)大島(おおしま)

 四番目(よんばんめ)は、(うみ)(しお)をもったような(しろ)(しま)新島(にいじま)をつくり、

 五番目(ごばんめ)には、若宮(わかみや)剣宮(つるぎのみや)見目(みめ )(いえ)をつくるための三宅島(みやけじま)

 六番目(ろくばんめ)には、明神(みょうじん)のお(おくら)をつくるために、御蔵島(みくらじま)をつくりました。

 さらに、七番目(ななばんめ)には、はるか(みなみ)のはてに、(おき)(しま)

 八番目(はちばんめ)には小島(こじま)

 九番目(きゅうばんめ)には天狗(てんぐ)(はな)のような王鼻島(おうごじま)

 十番目(じゅうばんめ)(しま)十島(としま)利島(としま))と、それぞれ名づけられました。


  富士(ふじ)大神様(おおがみさま)まは、

 伊豆(いず)(くに)が、三島明神(みしまみょうじん)中心(ちゅうしん)(さかえ)えていくのを、ひどくお(よろこ)びになられました。

 若宮(わかみや)剣宮(つるぎのみや)見目(みめ )三人(さんにん)(かみ)さまを、まつって、三島明神(みしまみょうじん)()ぶのですが、

 三島大社(みしまたいしゃ)とまぎれやすいので、白浜明神(しらはまみょうじん)とあらためて、()ぶようにしたとのことです。

現在(げんざい)白浜神社(しらはまじんじゃ) 境内(けいだい)
現在(げんざい)白浜神社(しらはまじんじゃ) 境内(けいだい)
白浜神社(しらはまじんじゃ)秋祭(あきまつ)りで、三番叟(さんばそうい)奉納(ほうのう)される。

 

え  加藤 佑嗣  

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