9.姉妹(しまい) 富士(ふじ)
               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  下田市(しもだし)


















どこの() にも、

富士(ふじ)() のつく(やま) があるのを

() っていますか。

自分(じぶん) たちの郷土(きょうど) にある

(うつく) しい(やま) にほこりをもって、

そこにくらす人々(ひとびと)

() づけているのです。
  私達(わたしたち)下田(しもだ) にも「下田富士(しもだふじ) 」があります。

 この下田富士(しもだふじ) には、姉妹(しまい)富士(ふじ) があるのです。
  下田富士(しまいふじ)一番上(いちばんうえ)(あね)(なか)駿河富士(するがふじ)

 (すえ)(いもうと)八丈富士(はちじょうふじ) なのです。

 この(みっ) つの(やま) は、(とお)(むかし) 、とても仲良(なかよ) く、くらしていました。
   ところが、いつの() からか、 駿河(するが)富士(ふじ)(しろ)(ゆき)化粧(けしょう) をし、

 (やま) すそもきれいに(ひろ) げて、人目(ひとめ) をひくようになると、

 人々(ひとびと) は  「きれいだな。 すばらしい。 日本一(にっぽんいち)(うつく) しさだ。」と、ほめるようになりました。
  下田富士(しもだぐじ)(みな) さんも() っているように、

 (いわ) のごつごつしたところもあり、(だれ)見向(みむ) きもしてくれません。

 (あね) としては、(いもうと)駿河富士(するがふじ) がほめられるのに、

 (こころ) おだやかでありませんでした。
   一方(いっぽう)(いもうと)駿河富士(するがふじ) は、ますますけしょうをし、

  (そら) にむかって姿勢(しせい) よく() っては、

  (あね)下田富士(しもだふじ)(いもうと)八丈富士(はちじょうふじ) に、仲良(なかよく)(はなし) しかけました。
   ところが、(おおく) くの人々(ひとびと) にほめられどおしの(いもうと)

 駿河富士(するがふじ) をみている(あね)下田富士(しもだふじ) は、しだいにねたましくなり、

 やがて、(いもうと)姿(すがた)() ずにくらしたいと(おも) いつめるようになりました。
  そして、とうとう、

 二人(ふたり)(あいだ)天城山(あまぎさん) という(たか)(やま) をびょうぶに() てて、

 駿河(するが)富士(ふじ) から、かくれてしまいました。

 そんなこととは() らず、(こころ) やさしい駿河富士(するがふじ) は、

 こいしい(あね)下田富士(しもだふじ)() たいものと、毎日毎日(まいにちまいにち)背伸(せの) びをしました。

 それで、とうとう日本一(にっぽんいち)(たか)(やま) になってしまいました。
  (あね)下田富士(しもだふじ) は、それを() って、() られまい、

 天城山(あまぎさん) のかげにかくれていたいと、ちちぢこまっていたので、

 とうとう(ちい) さい(やま) になってしまいました。

 こんなことがあってから、

 下田富士(しもだふじ)(のぼ) って駿河富士(するがふじ) のことをほめると、

 (いま) でも、どこからかむせび()下田富士(しもだふじ)(こえ) が、

 かすかに() こえるといいます。

  こうした二人(ふたり)様子(ようす)() るにつけ、

 (いもうと)八丈富士(はちじょうふじ)(とお)(みなみ)(うみ) から「どうか、二人(ふたり)(なか) よくなりますように・・・。」 と、

 (いの)(つづ) けているということです。
須崎半島(すざきはんとう)より()下田富士(しもだふじ)(ひだり)) と 寝姿山(ねすがたやま)(みぎ)
武ガ浜(たけがはま)より()下田富士(しもだふじ)(みぎ)

 
 
え  土屋  みゆき

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