2.太田(おおた)大蟹(おおかに)

               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  東伊豆町(ひがし いずちょう)


















  むかし、むかし、

  天城(あまぎ)のふもと奈良本(ならもと)

  あったおはなしです。
   奈良本(ならもと)太田(おおた)というところが、まだ(いけ)だった(ころ)

 (いけ)にたまった(みず)が、入赤川(いりあかがわ)(なが)れ、

 (むら)()んぼの稲作(いねづくり)りにたいへん利用(りよう)されていました。

 入赤川(いりあかがわ)には太田(おおた)(かに)といって、

 たたみ二十じょうぐらいの(こう)らをした、

 それはそれは(おお)きな(かに)(ぬし)()んでいました。
  ふだんは、 あまり人目(ひとめ) につかない大蟹(おおかに) も、

 稲穂(いなほ) がずっしりする(あき)夕暮(ゆうぐ) れになると、

 どこからか、どうしてやってくるのか、

 太田(おおた)(あらわ) れては、村人(むらびと)丹精(たんせい) こめて(つく) った

  (いね)(おお)きなはさみで()りたおしたり、

 (とき)には、()んぼに(おお)きな(あな)をあけて、

 稲作(いねづくり)りができなくなることが、たびたびありました。

 しかし、あまりにも大蟹(おおかに)のこと、そのたたりや仕返(しかえし)しを(おそ)れて、

 村人(むらびと)たちは、どうすることもできませんでした。
   「ゆうべ大蟹(おおかに)()て、吾作(ごさく)さんちでは、(だい)そんがいを()けたよ。」

 「となりの()んぼは、(おお)きな(あな)をあけられたってよ。」

 と、村人(むらびと)たちは、(おお)きな(かに)(hなし)にもちきりでした。
  たびかさなる大蟹(おおかに)のいたずらに村人(むらびと)たちは、

 ごうをにやして、 今夜(こんや)こそ、にくき(かに)めに、

 ひとあわふかせてやろうと(むら)(なか)でも(ごう)(もの)

 いわれている作兵衛(さくべえ)さんを先頭(せんとう)大蟹退治(おおかにたいじ)()かけました。

 みんなは、大蟹(おおかに)()ると(おそ)ろしくて()ちすくみ、

 (いえ)()(かえ)るのがやっとのもとでした。

 (いえ)(かえ)ると、ふとんをかぶり、 ガタガタふるえて寝込(ねこ)んでしまいました。
  村人(むらびと)(こま)()てたようすをみて、庄屋(しょうや)太郎左衛門(たろうざえもん)さんは、

  奥座敷(おくざしき)で、この(さき)のことを(かんが)え、腕組(うでぐ)みをし、

 思案(しあん)()れていました。

 しばらくすると(なに)(おも)ったか、すくっと()()がって、

 かもいにかけてあった弓矢(ゆみや)()つと、()()けるのを()って

 太田(おおた)(いけ)へと()かけていきました。
   ()かげに()をひそめ、

 (いま)か、(いま)かと大蟹(おおかに)()っていました。

 (なま)ぐさいにおいがあたりにただよい、

 ザワザワという(おと)()こえたかと(おも)()もなく、

 (おお)きなつめを(くら)(そら)(ひろ)げた大蟹(おおかに)(あらわ)れました。
   太郎左衛門(たろうざえもん)は、()をひきしめ

 「今宵(こよい)こそ、()にものをみせてくれるぞ。

 村人(むらびと)のためにも・・・・・。」 と、

 ころ()いををみはからい、

 かねて用意(ようい)してあった家伝(かでん)弓矢(ゆみや)をキリキリと()きしぼりました。

   ( 南無(なむ) 、わが()守護神(しゅごしん)

 この()大蟹(おおかに)()()すわれに、(ちから)(あた)えたまえ、)

 と、(ねが) いをこめて、

 ヒューと()(はな) つと、() はみごとに(こう) らに() きささりました。

 太郎左衛門(たろうざえもん)さんは、(いき) つくひまもなく、二の()(はな) ちました。

 大蟹(おおかに)は、夜明(よあ) けまでのたうちまわりましたが、

 ズシンと(たお) れると(いき)() えてしまいました
   (しず) かな(あさ)() ました。

 村人(むらびと)たちは、

 ゆうべの(おお) きな() ひびきの() こえた太田(おおた)(いけ)(あつ)まりびっくりしました。

 (いき) がたえた大池(おおいけ) につめだてしている大蟹(おおかに)() て、

 度肝(どぎも) をぬかれ、(こし) をぬかす(もの) まで()ました。

 大蟹(おおかに)のまわりには、

 何百何千(なんびゃくなんぜん) という子蟹(こがに)が、

 (あつ) まり(かな) しんでいるようにさえ() えました。
   村人(むらびと)(なか) には、 にくい大蟹(おおかに)をひと() ちして、

 (いま) までの気分(きぶん) をはらそうと する(もの) もいましたが、

 太郎左衛門(たろうざえもん)さんは 「(かに)とはいえ、子蟹(こがに)から、

 こんなに(した) われているのを() ると(ひと) ごととは(おも) えない、

  () つのはやめてください。」 と、村人(むらびと)をさとしました。
   太郎左衛門(たろうざえもん)さんと村人(むらびと)は、

 相談(そうだん) して(もり)(なか)(かに)(ほこら) をつくりました。

 (ほこら)がまつられている(ところ)(かに)(もり)() づけました。

 奈良本(ならもと)人々(ひとびと) は、かわいそうな子蟹(こがに)のことを(おも) い、

 (いま) でも子蟹(こがに)() って() べることはしないというのとです。

 

え  稲 葉  謙 二

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