16.石廊崎 権現(いろうざき ごんげん)

               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  南伊豆町石(みなみいずちょう)


















  むかし のことで ございます。

播磨(はりま)から江戸(えど)()かう

一そうの

千石船(せんごくぶね)がございました。

船足(ふなあし)快適(かいてき)

黒潮(くろしお)()って、()のように、

(ひがし)をさしておりました。
  (ふね)石廊崎(いろうざき)沖合(おきあい)にさしかかった(とき)のことでございます。

 にわかに、海面(かいめん)波立(なみだ)ち まるで数百匹(すうひゃくひき)(おおかみ)(きば)()らして、

 船底(ふなぞこ)をかみ(くだ)くように、

 また大恐竜(だいきょうりゅう)がその巨体(きょたい)をぶつけるようにせまってまいります。
   (ふね)はまるで()()(なみ)にゆれるように (いま)にも(しず)むかのように()えました。

 船主(ふなぬし)船子(ふなこ)たちも()きた心地(ここち)がいたしません。
 
 船底(ふなぞこ)にひれ()し、まっ(さお)になって、

 「なむ、石廊権現(いろうごんげん)さま、どうぞ、大波(おおなみ)を お(しず)(くだ)さい。

 もし無事 江戸(ぶじ えど)につきましたら、

 (かえ)りには、きっと帆柱(ほばしら)寄進(きしん)いたしますのでなにとぞお(たす)(くだ)さい。」

 と、お(いの)りいたしました。
   と、不思議(ふしぎ)や、(なみ)もおさまり、(かぜ)もやんで、

 (ふね)(はし)()し、

 目指(めざ)江戸(えど)()くことができたのでございます。

 積荷(つみに)をおろし、(あたら)しく仕込(しこ)んだ荷物(にもつ)をいっぱいつんで、

 なつかしい播磨(はりま)をさして帰路(きろ)につきました。

 相模灘(さがみなだ)(なん)なく()()駿河(するが)(うみ)にかかろうとして、

 石廊崎(いろうざき)沖合(おきあい)にさしかかりますと、これはどうしたことでしょう。

 (ふね)がぴたりと()まったのでございます。 
   「どうしたのだ、かじにぬかりはないか。」

 船主(ふなぬし)大声(おおごえ)船子(ふなこ)たちをはげまししたがだめです。 

 (ふね)(うご)きません。 右手(みぎて)石廊権現(いろうごんげん)のお(やしろ)()えます。

 船主(ふなぬし)背中(せなか)(つめ)たい(みず)をかけられたように

 はっと(おも)()したのでございます。

 ()きの出来(でき)ごと、権現(ごんげん)さまへの約束(やくそく)をわすれていたのでございます。
  船主(ふなぬし)船子(ふなこ)(めい)じて帆柱(ほばしら)()(たお)させ、海中(かいちゅ)にざぶんとなげいれ、 

 「なむ、権現(ごんげn)さまもうしわけございません。

 どうか帆柱(ほばしら)奉納(ほうのう)いたしますので、お(ゆる)(くだ)さい。」

 (ゆか)(かお)をすりつけてお(いの)りいたしました。
   すると、突然(とつぜん)、あたりがざわめき、

 竜巻(たつまき)のように数百 丈(すうひゃくじょう)大波(おおなみ)帆柱(ほばしら)をまき()げ、

 あっというまに石廊(いろう)(いわ)(うえ)にもちあげたのでございます。

 そして、帆柱(ほばしら)は、(いわ)(いわ)(あいだ)に、ぴたりとはまりこんでしまったのでございます。
   この帆柱(ほばしら)根太(ねだ)(ゆか)をはり、権現(ごんげん)さまのお(やしろ)ができたのでございます。

 石廊崎(いろうざき)天下(てんか)海上(かいじょう)難所(なんしょ)有名(ゆうめい)です。

 ここに海上安全守護(かいじょうあんぜんほご)神様(かみさま)をおまつりしたのは当然(とうぜん)でございましょう。

 本来(ほんらい)石廊神社(いろうじんじゃ)ではなく、石室神社(いろうじんじゃ)

 のちに、

 観光用(かんこうよう)として石廊(いろう)文字(もじ)使(つか)いはじめたそうです。
大鳥居(おおとりい) 石室権現(いろうごんげん)さん
扁額(へんがく) と 石室権現(いろうごんげん)さんご神体(しんたい)
石室権現(いろうごんげん)さんより大島(おおしま)()
縁結(えんむすび) びの神様(かみさま)

 
 
え  松本  真一郎

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