5.普門院(ふもんいん)(りゅう)

               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  河津町(かわづまち)


















 河津(かわづ)(さと) は、

 伊豆(いず)(あお)(うみ)

 両手(りょうて) ではさみこむように、

 (みどり)山々(やまやま)

 (つつ) まれていました。

  その奥深(おくぶかい)(やま)(たに)あいに、逆川(さかさがわ)というところがあり、

 普門院(ふもんいん)という、それはそれは、

 立派(りっぱ)なお(てら)()っていました。

 このお(てら)には、(おす)(りゅう)(えが)いたかけ(じく)があり、

 もとは、(めす)の、(りゅう)一緒(いっしょ)にかかれていたのでしたが、

 いつのまにか、別々(べつべつ)にされ、(めす)(ほう)()

 水戸(みと)龍谷寺(りゅうこくじ)というお(てら)にありました
  ある(あらし)(よる)

 普門院(ふもんいん)のかけ(じく)(りゅう)は、

だれかがよんでいることに()づきました。


 そのうえ、その()(ぬし)は、

 たしかに自分(じぶん)()っているように(おも)いました。

え 長崎 明子
  そして、()ってみたいという気持()ちが、次第(しだい)(つよ)くなってきました。

 雄龍(おすりゅう)は、(おも)()って、手足(てあし)(うご)かしてみました。

 (なが)(あいだ)()(なか)で、じっとしていたのですから、

 まさか(うご)けるとは(おも)いませんでした。
  ところが、どうしたことか、

 するりと()から()けだし、自由(じゆう)(うご)くことが出来(でき)ました。

 今度(じょんど)は、(そら)()んでみたいと(おも)ったので、

 ()ている和尚(おしょう)さんに()づかれないように、そうっと(そと)()ました。

 和尚(おしょう)さんは、(あらし)のため、(すこし)しも()がつきませんでした。

 (そと)は、まっ(くら)で、(あめ)(はげ)しく、

 いなびかりがものすごい(おと)をたてていました。 
  けれども、雄龍(おすりゅう)(おそ)れません、かえって(ちから)が、みなぎってきました。

 そして、(ちから)いっぱい地面(じめん)をけって、(たか)()()がりました。

 雄龍(おすりゅう)は、自分(じぶん)自由(じゆう)大空(おおぞら)()びまわることも出来(でき)るし、

 神通力(じんつうりき)もあることがわかりました。

え  梅田 幸江
  (いま)は、()(こえ)(ぬし)をめざして、()ぶだけでした。

 神通力(じんつうりき)があるのですから、

 たちまち、水戸(みと)龍谷寺(りゅうこくじ)がわかりました。

 龍谷寺(りゅうこくじ)牝龍(めすりゅう)()んでいたのでした。

 龍谷寺(りゅうこくじ)真上(まうえ)()ますと、(した)から、

 牝龍(めすりゅう)()()がってきました。
  二匹(にひき)(りゅう)は、(かお)見合(みあ)わせたとたん、(むかし)(おも)()しました。

 どちらともなく、二匹(にひき)は、しっかりと()()いました。

 二匹(にひき)(りゅう)()からは、(なみだ)がとめどもなく(なが)れました。

 (なに)しろ、二匹(にひき)(りゅう)が、()()ったのですから大変(たいへん)でした。

 龍谷寺(りゅうこくじ)のあたりは、(いま)にも大地(だいち)がけしとぶかと(おも)われるような大嵐(おおあらし)になりました。

 いつまでも、こうしてはいられません、

 またの機会(きかい)約束(やくそく)して二匹(にひき)は、それぞれ(かえ)って行きました。
   普門院(ふもんいん)和尚(おしょう)さんは、翌朝(よくちょう)()()して、(あらし)(あと)(おどろ)きましたが、

 ()(じく)(りゅう)()()したことには、全然気(ぜんぜんき)がつきませんでした。

 自由(じゅう)大空(おおぞら)()ぶことも出来(でき)るし、神通力(じんつうりき)のあることを() った雄龍(おすりゅう)

 このまま、じっとしているわけはありません。

 それに約束(やくそく)もしたので、(あらし)()こしては、

 たびたび普門院(ふもんいん)()()しました。

え  谷口 香
  このことが、いつのまにか(うわさ) となって、和尚(おしょう)さんの(みみ) にも(はい) りました。

 しかし、()(じく)(りゅう)()には、すこしも(かわ) わりがないので、不思議(ふしぎ)(おも)ってはいました。

 しばらくして、ある(ばん) のこと、また今夜(こんや)(あらし)か、こんな(ばん)は、(はや)() るにこしたことがない。

 そう() って、はやばやと(とこ)(なか)に、もぐりこみました。
   が、その(とき)(うわさ)のことが(あたま) をかすめました。

 
え  土屋 竜一
 そんな馬鹿(ばか) なことが(おも)いましたが、それでもと(かんが)(なお) し、

 そうっと様子(ようす)()ることにしました。

 そんなこととは() らない雄龍(おすりゅう)は、()() けて、

 (あらし)がますます(はげ) しくなると、そうっと()から()()し、

 (そら)()(あが)ろうとしました。

  それを()(おどろ)いた和尚(おしょう)は、 「こら〜〜。」

  と大声(おおごえ) で、どなりました。
  さすがは、修行(しゅぎょう)(きた)えた和尚(おしょう)さんの(こえ)

 さしもの雄龍(おすりゅう)も、(ちから)がなえて、(そら)()()がることができません。

 そこを和尚(おしょう)さんは、()っていたつえで、(はげ)しく(たた)きました。

 雄龍(おすりゅう)は、あわてて(もと)()(なか)()げこんでしまいました。

 和尚(おしょう)さんも、()(なか)(りゅう)(たた)くことが出来(でき)ません。 そこで、

 これから(さき)人々(ひとびと)迷惑(めいわく)をかけないようにと、

 ()(じく)(はこ)(なか)厳重(げんじゅう)に、しまい()んでしまいました。
  (いま)は、無住(むじゅう)山寺(やまでら)となった普門院(ふもんいん)(りゅう)()檀徒(だんと)村人達(むらびとたち)によって、大切(たいせつ)(まも)られています。

 機会(きかい)()て、普門院(ふもんいん)(おとず)れ、この()を見ることの出来た人は(りゅう)のうろこが、

 三枚(さんまい)はがされていることに()づきます。

 これは、和尚(おしょう) さんに叩かれたとき、はがれたものだと言われています。

 そして、この(りゅう)を叩いた和尚(おしょう)さんは、普門院(ふもんいん)開祖 摸庵 和尚(かいそ ばくあん おしょう)だと言われています。

普門院(ふもんいん) ()(くち) 山 門(さん もん) 山門横(さんもんよこ)六地蔵(ろくじぞう) さん
山 門(さん もん) 扁額(へんがく) 「萬松山(ばんしょうざん) 普門院本堂(ふもんいんほんどう)
 


 え  土屋 和美

               Copyright(C) Pension Mtatsurino All rights reserved.