19.婆娑羅(ばさら)親捨(おやす)

               




(はなし)場所(ばしょ) ・・・  松崎町(まつざきちょう)








  下田(しもだ)松崎(まつざき)() ける婆娑羅峠(ばさらとうげ)

そこのふもとの(むら) には、

むかし、(おや)(すて) てるならわしがありました。
  (とし) をとって(はたら) けなくなった老人(ろうじん) は、じゃまだから()んでもらおう、

 との(かんが) えからでてきたものでした。

 老人(ろうじん)(なか)にも、家族(かぞく) にえんりょして、自分(じぶん)から、「(やま)() きたい。」 と

 (もう)()(もの) さえあったと() います。
   松崎寄(まつざきよ)りのふもとにある小杉原(じょすぎばら)百姓(ひゃくしょう)与作(よさく)(ちち)は、

 (わかい) いときはたいへんな(はたら)(もの) でした。

 しかし、()年波(としなみ) には() てず、七十を() えると

 ()() えて(からだ) がおとろえ、(はたら)くことができなくなりました。

 (わか) いころ精出(せいだし) した(ひと)(かぎ) って、おとろえは (はや)くるようです。
   与作(よさく)(ちち)は、自分(じぶん)のなすべきことは、おわったと(おも)ったのでしょうか。

 ある(あき)夕暮(ゆうぐれ)れ、ひとり もの(おも)いにふけっておりましたが、

 せがれの与作(よさく)()んでこう()いました。

 「なあ、与作(よさく)よ、おれを(やま)につれてってくれないか。

 もうおれは、じゅうぶん(はたら)いた。

 これ以上(いじょう)この(いえ)にいて,みんなのやっかいになるのは心苦(こころごる)しい。  たのむ。」

 その(かお)には、やすらぎの表情(ひょうじょう)さえ()かんでいました。
   与作(よさく)は、自分(じぶん)(ちち)(すて)てる()()たことを(かな)しくは(おも)いましたが、

 (むら)のならわしでもあり、(ちち)自分(じぶん)から(もう)()たこともあって、

 いくらかきもちはらくでした。

 与作(よさく)は、(ちち)をかごに()れて背負(せお)い、息子(むすこ)(とも)につれて(やま)(のぼ)りました。
   せなかの(ちち)は、せがれに()うとも(まご)()うともなくつぶやきました。

 「わしはもう、(おも)(のも)すことは(なに)もない、

 親孝行(おやこうこう)のせがれと、やさしい(よめ)と、かわいい(まご)(かこ)まれてな。

 日本一(にほんいち)のしあわせもんじゃった。」
   婆娑羅(ばさら)(つい)いた与作(よさく)は、(しず)かにかごをおろしました。

 これで(ちち)とも、永久(とわ)(わか)れです。()れてきたものの、

 このまま一人(ひとり) (ちち)(やま)(のこ)すつらさを、(いた)いほど(あじ)わいました。

 いつまでいてもきりがないと(おも)った与作(よさく)は、(ちち)()いました。。
   「お()っつあん、もうおれは(いえ)(かえ)る。(しず)かな往生(おうじょう)(いの)っているよ。」

与作(よさく)はむすこの()をひいて、さっさと(くだ)りました。

つらさから一刻(いっこく)(はや)くのがれたかったのです。
   が、むすこは(ちち)()をふりきって、

 「おれ、あの背負(せお)いかご、()ってくる。

 あれは、おれをだいじにそだててくれた じいちゃんをしょってきた かごだ。

 うまいものは、(かなら)半分(はんぶん)にしておれに()けてくれた。

 やさしいじいちゃんを()れたかごだ。

 あのまま(すて)てるわけにはいかないよ。

 それに、それに・・・・もっとたったら、

 あれでおれが、(とう)ちゃんを(すて)てにこなけりゃ ならないもんなあ・・・・。」

 と()い、(ちち)(すて)てたかごをとりに夢中(むちゅう)でかけ()がっていきました。
  このことばを()き、与作(よさく)ははっとしました。

 (やがてあれで、あのかごで自分(じぶん)がこのせがれに背負(せお)われて(すて)てられる。)

 与作(よさく)(いま)まで、この(むら)のならわしに(なん)(うたが)いもなく(したが)ってきました。 

 (おや)は年をとれば(すて)てられるものだ。代々(だいだい)そうやってきたのだから・・・・と。

 (かな)しみはあっても、あきらめの(ほう)(つよ)く、

 それをあたありまえのこととおもっていたのです。
  だが、(いま)むすこのことばではっとしました。

 (そうだ、まちがっている。あのやさしい(ちち)を、

 (とし)をとったからといって(すて)ててきたなんて。

 またおれも、やがてはこのようになるのだ・・・・・。)
  むすこは、親父(おやじ)(すて)てる与作(よさく)のあとをついてきながら、

 (とお)い いつの()か、自分(じぶん)(ちち)(すて)てねばならぬ悲しみを、

 この(ちい)さい(むね)(きざ)()んでいたのです。
 与作(よさく)はむすこの(こころ)をさとりました。

いそいでふたたび(やま)(のぼ)り、(ちち)のもとへひざまついて、

 「お()っつあん、(おれ)(わる)かった。
 お()っつあんをすてるなんて・・・・おれは、ばかだった。ゆるしてくれ。」
  それからすぐに父親(ちちおや)をかごに()れ、むすこといっしょに(やま)をくだりました。

 (やま)には(つき)が、さえわたっていました。

 ふもとの(むら)寝静(ねしず)まっているころでした。

 かごの中の(ちち)(なに)()わず、(しず)かな笑みをたたえて いるだけでした。

婆娑羅(ばさら)トンネル(松崎側(まつざきがわ) から() る)
小杉原(こすぎばら) 周辺(しゅうへん)
小杉原(こすぎばら)部落(ぶらぅ)

 

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